2009年06月17日

地球寒冷化(ちきゅうかんれいか、英: Global cooling)

地球寒冷化(ちきゅうかんれいか、英: Global cooling)とは、狭義では地球が冷えていく現象のことを指し、広義では、地球表面及び大気の温度が下がっていき、寒冷化すると言う説の事を言う。また、氷期の始まりだとする場合もある。

この仮説は科学的に強い支持をされたものではなかったが、氷河期の周期性と、1940年代から1970年代の前半にかけての気温の低下の理解を進める上で、良い材料として新聞に報告されたため、人々の関心を一時的に集めた。現在(21世紀初頭)では、地球は寒冷化するのではなく、地球温暖化の時代にあるという意見が主流である。

1970年代より、地球の温度が1945年から下がり続けているという論調が台頭してきた。季候の予測が記載された論文は、将来気温が上昇する[1]と予測するものもあったが、この傾向が継続すると予測していた論文もあった。1968年にポール・R・エールリッヒが温室効果ガスによる気象の変化について言及したにもかかわらず[2]、当時の一般大衆は二酸化炭素の影響についてほとんど認識していなかった。地球寒冷化という考えが世間に認知されるようになっていくらも経たない1970年代中盤にはすでに地球の気温降下は止まりつつあり、気候学者たちの間では、二酸化炭素の効果に関心が払われていた[3]。また、自然的、人為的効果の両方によって、地球規模の気候変動がもたらされることが知られていた。
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現在では、熱塩循環 (THC) の減少もしくは停止による寒冷化の可能性にもいくらか関心が払われている。これは氷河の融解に伴い、北大西洋に塩分濃度の低い水が大量に流入することによって起きると言われる。この発生の可能性は非常に低く、国際連合の機関であるIPCCでは次の様に報告している。「THCが減少するモデルにおいても、ヨーロッパ全域にわたり気温は上昇する。たとえば、放射強制力が正方向に大きくなる全地球規模の気候モデル (AOGCM) 全体の積分では、北西ヨーロッパの温度変化は正の値となる

2009年05月31日

沿海地方

沿海地方(えんかい-ちほう、Примо?рский край)は、ロシア連邦を構成する89の連邦構成主体のひとつで、極東ロシアの東南端に位置する日本海沿岸にある地方(クライ)。極東連邦管区に属する。面積は165,900km?で、人口は約200万人。州都はウラジオストク。元のロシア語からプリモルスキー地方とも呼ばれる。ソ連崩壊後の人口流出は依然として続いており、年率約1%の割合で減少している(1992年230万人→2005年202万人)。
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1938年以来、この地域には行政体としてプリモルスキー・クライ(プリモルスキーは「沿海地、海岸地」を意味するプリモーリエ(Приморье)の形容詞形)となっており、クライは普通、「地方」と訳されるロシアの地方行政区分の一種であるため、沿海地方と訳されようになった。なお、沿海地方を含む極東ロシアの広い地域にはかつてロシア帝国によってプリモルスキー州が置かれており、その訳語であった沿海州が現在も地理的な用語として使われることがある。

東南に日本海に面し、おおよそアムール川を北限、ウスリー川を西限とする。北はロシア領のハバロフスク地方で、西に中華人民共和国、南に北朝鮮と国境を接する。東は日本海を挟んでサハリン州(樺太・千島列島・歯舞群島・色丹島)がある。また中部ウラジオストクから北の中国との国境にはハンカ湖(興凱湖)がある。日本海沿岸にはシホテアリニ山脈がそびえ、北東アジアの他国からは失われた豊かな自然が残り世界遺産に登録されている。沿海地方の74%が森林地帯で、狼、虎、熊などが生息している。沿海地方南部のピョートル大帝湾は日本海でも最大級の湾で、この湾内にナホトカやウラジオストクなどの大きな港湾が集中する。

海を挟んで隣接する日本、大韓民国を含め、東アジアの諸国と近接した関係にあるため、地政学的に重要視される地域であり、ロシア極東の中では経済的に優位にある。

2009年04月28日

彼の国家主義的立場

彼の国家主義的立場はこの大戦の経験により、より強固なものになった。彼はイタリア国内で広く政治運動を行い、イタリアが大戦中に得たヨーロッパの一等国としての役目を戦後も果たしていくべきだと主張した。パリ講和会議で、フィウーメ(いわゆる未回収のイタリアの一部。現クロアチア領のリエカ)をセルボ・クロアート・スロヴェーヌ王国(後のユーゴスラビア)に割譲すべしとの結論が出されたことに激怒したダンヌンツィオは、1919年9月12日、黒シャツ隊と称されるイタリア人武装集団を率いて市を占拠、アメリカ、イギリス、フランス3軍から組織された守備軍を追放した。この時のダンヌンツィオのスローガンが「全ての抑圧された人々の解放」であり、十月革命を支持するというものだった。この行動からダヌンツィオはウラジミール・レーニンに「革命家」として絶賛される。彼らは、イタリアによるフィウーメ併合を要求、これはイタリアの悲願でもあったが、国際関係の悪化を懸念してイタリア政府は国境線を封鎖、武装組織の投降を促した。そこでダンヌンツィオはフィウーメの独立を宣言。首班に革命的サンディカリストのアルチェステ・デ・アンブリスを任じ、デ・アンブリスによって後のイタリア本国のファシスト国家機構の先駆となるカルナロ憲章が発布された。例えばダンヌンツィオは自らをDuce(ドゥーチェ。統領、または総統)と称していた。更に彼は国際連盟に対抗する組織を計画、被抑圧民族(例えばフィウーメのイタリア人、バルカン半島のスラブ人民族分離主義者など)を糾合することを構想したが、これは失敗した。彼は1920年のイタリアとセルボ・クロアート・スロヴェーヌ王国間のラパッロ条約(1922年の独ソ間の条約と異なるので注意)を無視し、イタリア本国にまで宣戦布告したが、イタリア海軍による艦砲射撃を受け、1920年12月に投降した。

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フィウーメ占拠事件後のダンヌンツィオはガルダ湖畔の自宅に隠退し、著作活動を行った。彼はムッソリーニに多大の影響を与えたのは事実だが、彼自身は後のファシスト政権に直接関与したことはなかった。1937年にはイタリアの王室アカデミーの総裁に就任、1938年3月1日、自宅で脳卒中により死去。ムッソリーニにより国葬された。

2009年04月12日

ネソ (衛星)

ネソ(英.Neso)は海王星の衛星。海王星第13衛星。


発見 [編集]
ネソは2002年8月14日、M・JホーマンとB・Jグラッドマンによって発見された。 発見時の仮名称はS/ 2002 N 4。

概要 [編集]
ネソは不規則衛星でありネソの平均軌道半径は海王星から4800万km以上離れており、既知のすべての惑星に属する衛星の中で一番軌道半径が大きい。このような広大な距離はむしろ太陽と内惑星との軌道距離に近い。例えばネソの遠海点距離は約7200万kmであり、水星の遠日点距離である約7000万kmを超える。

軌道傾斜角と離心率を示した図表で他の不規則衛星との関係づけて表される。中央の線分より高い位置にあるものは順行しており、低い位置にあるものは逆行している。黄色の線分はその衛星の近海点から遠海点に延びており、線分の長さが離心率をあらわしている。

ネソは直径60キロメートルほどと考えられる。平均密度を1.5 g/cm3と考えた場合、全重量は概算で1.6×1017kgほどであると想定されている。プサマテとよく似た軌道を持っており、これはプサマテとこの衛星がもともと一つの大きな衛星が壊れた際にできたのではないかと考えられている。

名前の由来 [編集]
ネソは、ギリシャ神話のネレイデスの一人ネソにちなんで名づけられている。2007年2月29日まではS/ 2002 N 4という仮名称で知られていた。

メソッド ディスポ ワシン ナギイ 十字星 ケルセ ロービ はつい バナナの涙 鹿鳴つまみ 延暦 スーパー ハリケーン ノンブル タイム メラネシア メラルド スタンバイ ダイク スパン バックナ きゃべつ マスアミ ジャテラ ローフ レクイエム がいがん トリプシ リップ ハーピー ドラス ハゲイ トッカ リグナビ ハット チューリ ランド フラック ツンドラ せろりあ サフ たぬきじる め組最 エスキナ パスモ かたしな レジューム プラン オーバ ソビエト

2009年03月28日

ジェンダーレスとの混同

宮台真司や斉藤環などの論者が、ジェンダーフリーとジェンダーレスの混同を指摘している。彼らによると、ジェンダーフリーとは「性差を否定すること」ではなく、性別による固定された社会的な役割を柔軟にしていく運動であり、逆を言えば従来通りの価値観すら認める立場である。一方で、ジェンダーレスは性別そのものを否定していく運動であり、一般にジェンダーフリー否定派が糾弾するのはジェンダーレスの思想であるという。

このような誤解が生じるのは一部の団体(政治家も含む)が、ジェンダーフリーの名の下に自ら考え方に基づいたフェミニズムを押し通そうとすることが存在していることが原因だと推進派は指摘する。賛成派自体が「ジェンダーフリーはジェンダーレスではない」と唱える一方で、その実態が否定派の懸念する「ジェンダーレス」の内容と一致していることがある。例えば、賛成派が女性の社会進出を唱えるために「ジェンダーフリー」を持ち出す一方、従来の生き方を選択する女性に対して冷淡な態度をとる、あるいは従来の生き方を主張する保守派の男性を「女性差別」「男尊女卑」などと糾弾し、自らの主義主張を押し通そうとすることが挙げられる。

また、後述するように、ジェンダーフリーの名の下に行われている、「男女」を「女男」に変える、ランドセルの色を男女で統一、男女の伝統行事の否定などの動きが、「ジェンダーフリー」の本質から逸れている可能性のあるもの、あるいは「男女の差を意図的になくそうとしている」と保守派から批判されている。

一部のジェンダーフリーの研究者は、「〜らしさ」の定義・印象が時代と共に変遷していることに着目し、ジェンダー問題の本質は「世代間の意識格差」ではないかと主張している。つまり、同じように「女らしさ」を肯定し、推奨したとしても、各世代間の「女らしさ」の意識にズレがあるため、議論が平行線を辿ってしまうという構造である。また同様に、生活環境による意識の格差も指摘されている。これは都市部と農村部における「女らしさ」の意識にも差異が認められる点に着目した意見である[要出典]。

こういった背景から、ジェンダーフリー運動が要求するのは「〜らしさ」の自己決定権[17]この前提を理解していない、もしくは知らない賛成派の人々が事態を複雑化することを懸念する声がある。

一方、自民党などは「男らしさ、女らしさを認めます」とし、ジェンダーフリーを「らしさ」を否定する思想という理解のもと、ジェンダーフリーを否定している。ジェンダーフリー自体は、個々人の考える「男らしさ、女らしさ」を否定する概念ではなく、社会的に必然性のある区別(例:トイレや更衣室を男女別室にする)や、男が「男らしく」あること、女が「女らしく」あることをも、自己決定権を前提に肯定している。

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2009年03月12日

ブルゴス大聖堂

ブルゴス大聖堂 (スペイン語:Catedral de Burgos)、またはサンタ・マリア・デ・ブルゴス大聖堂(Catedral de Santa María de Burgos)は、スペイン・ブルゴスにあるゴシック様式の大聖堂。聖母マリアに捧げられた、巨大でユニークな建築物として有名である。

大聖堂の建設は、カスティーリャ王フェルナンド3世と、イングランド出身のブルゴス司教マウリシオの命で始まった。建設は、1221年7月20日、以前のロマネスク様式の大聖堂があった場所で開始し、完成に9年を要したアプスのシュヴ部分から着工した。祭壇は最初に1260年に聖化された。この祭壇は、建設が推薦される前にほぼ200年ほども長く建設が中断されていた。 大聖堂の工事は、建物の交差部分上部のランタン尖塔の完成した、1567年に完成した(交差部分の頭上には繊細なすかし細工の星形ヴォールトがある)。

建築家たちはおもに、13世紀にはフランス人が、15世紀にはドイツ人が建設の責務を負った。1417年、ブルゴス司教はコンスタンツ公会議に出席し、ケルンのヨハンという建設業者を連れ帰り、彼は石造りのトラセリー(窓上部の狭間飾り)のある塔を完成させた。

歴代ブルゴス司教のなかで最も有名なのは、15世紀の学者で歴史家であるアルフォンスス・ア・サンクタ・マリアである。

1919年、大聖堂はエル・シッドことロドリーゴ・ディアス・デ・ビバルとその妻ドニャ・ヒメナの墓所となった。1984年10月31日、ユネスコにより世界遺産に登録された。
ウリヤ きくすい ルーン はに丸 フィッシン サディ ビアガー ジャック コスプリ ワニス 深海 トリオ パンパン ボート レーター しじゅう オフロード シーン ドラム ナミビア やちょ アカペラ セミプロ レガッタ ロヤジル トルソ フフホト ケモカイン リンリン メシマ ニュー ビュス プロテクト テーブル シャレー コリオン 四季の綱 トメント フォロー オマージュ ゲート パセリ フォーク ナーダム おきな シート しょうわ サック ティペット ジョンツ

建築
15世紀に造られた北フランス風ゴシック様式建築の西正面は、六角形の尖塔をもつ塔が側に立つ(尖塔は表面が石造りのトラセリーで覆われている)。3つの階のあるファサードは、尖塔アーチ形をした3つの入り口がある。入り口には小尖塔状の欄干で取り囲まれた歩廊、繊細に刺し通されたバラ窓がある。階最上部は2つの尖塔アーチ形二重アーチのある窓と柱脚上の像、石に彫られたマーク入りの欄干がある。像の中心には聖母マリア像がある。塔の欄干とバルコニーは、銘が彫られている。四つの角を、六角形の小尖塔で針編みレースのように彩っている。

十字架状の平面図には、本堂と、外観の眺めでは広い歩廊がほぼ隠されている。15の礼拝堂が側廊から加えられ、北西にある美しい14世紀の回廊と南西の大司教邸により交差廊と回廊が加わった。西側ファサードの3つの中央戸口上は、2つの優雅な塔がそびえ立ち、小尖塔を頂く。祭壇の多くと、礼拝堂及び像は大聖堂内にあり、芸術的・歴史的意味を帯びている。

北交差廊の入り口は、12使徒像の並ぶ「ポルタダ・デ・ラ・コロネリア」(Portada de la Coronería)の名前で知られる。頭上に、尖塔アーチ形窓と2つの小尖塔を頂く入り口がある。南側入り口で。ポルタダが「書き物机に向かう福音伝道者」を具体的に描いている。

壮麗な六角形の礼拝堂はフランボワイヤン・ゴシック様式である。騎士・天使・紋章といった装飾が並ぶトラセリーで彩られる。この礼拝堂は、カスティーリャの城代であったペドロ・フェルナンデス3世・デ・バラスコとその家族の墓所として建てられたものである。

2009年02月24日

トライチェイサー2000 (TRCS 2000)

トライチェイサー2000 (TRCS 2000)
最高速度300km/h。警察が開発した新型白バイ「トライチェイサー2000A」の試作機。一条が雄介に託した。
試作機のため、トライアクセラー(警棒兼始動キーとなる右グリップ。これをタイタンソードに変化させて戦ったことも多かった)、無公害イオンエンジン・アレグロ、電気信号によって色が変化するマトリクス機能など、2000Aではコストの都合上オミットされた様々な特殊機能を搭載している。クウガ変身前はブラックヘッド、変身後はゴールドヘッドと呼ばれるカラーリングを使い、初登場時は試作状態のポリスヘッドで登場した。
想定されていなかったゴウラムとの合体によって急激な金属疲労を起こしていたためか、ゴ・バダー・バとの戦いの最中に機能停止してしまう。後に修理され、最終決戦時には一条がこれに跨り、雄介と伴走もしている。2000Aは中盤から各都道府県警に配備され、未確認生命体の誘導に使われた。
ベースマシンはスペインのオートバイメーカー、GASGASのパンペーラ250。車種選定に当たってアクション担当の成田匠は「走破性に加えて自転車のようなタイトな動きが要求されていると感じた」と語っている。
トライアルの競技専用車は極限まで小型化されておりライダーマシンとして見栄えがしないとの理由から外され、トライアルの動きに耐えられる市販車としてトライアラーメーカーGASGASのパンペーラが候補となった。当時、成田はイタリアのベータ(後にフランスのスコルパに更改)と契約しており、本来ならば他社のバイクを使うことは問題があったが、両社の理解が得られたため、使用が決定した。
成田によると、調整のため店先に置いていたら通りがかりの子どもが「かっこいい」と目を輝かせて触りにきたという。なお、第1 - 2話で雄介が乗っているオートバイはスズキ・DR250S。また、この車両と同一の車種がバギブソンの変身前に使われている。
ゴウラム
最高飛行速度500km/h。リントが戦士クウガの支援用に作った、意思を持つ「馬の鎧」。巨大なクワガタムシ型の通常形態を持つ。霊石アマダムを内蔵しており、クウガの求めに応じて飛来し、単体でもクウガが脚に掴まった状態で飛べるほか、彼の乗るバイクに融合合体して強化することも出来る(その際、バイクはゴウラムの力で融合しやすいように変形する)。しかし、当初トライチェイサーと融合した際は、戦闘後に金属成分を失って化石状の破片になってしまい、その度に金属を何らかの手段で補給することで形を保っていた。普段は科学警察研究所で保管されており、クウガ=雄介の戦う意思に応じて戦場へと赴く。
クウガがアルティメットフォームとなって理性を失い暴走すると、砂へと変わり消滅するようになっている。これはアルティメットフォームに変身したクウガが世界を破滅させるほどのパワーを有し、ゴウラムを使って世界を破壊して廻る危険性があるためだが、最後の戦いが終わった後もゴウラムがそのままの形で残っていたことが、雄介が憎しみの心を抱かずにアルティメットフォームへと変身したことの証明となった。
トライゴウラム
最高速度400km/h。トライチェイサーとゴウラムの融合形態。全速力で敵に体当たりを食らわせる「トライゴウラムアタック」が必殺技。
ベースマシンはヤマハ・V-MAXで、ビートゴウラム・ライジングビートゴウラムとも同じ。なお、V-MAXは『人造人間ハカイダー』でも使われているが、ライダーマシンとしては、ヤマハ車は初登場。
ビートチェイサー2000 (BTCS 2000)
最高速度420km/h。ゴウラムとの合体により金属疲労を起こしたトライチェイサー2000に代わるマシンとして、科学警察研究所が未確認生命体第4号(クウガ)専用に開発したバイク。トライチェイサーと同様に、一条の手から雄介に託される。
ゴウラムとの融合合体を前提に開発されているため、車体には特殊な形状記憶合金である『BT鋼』が使用されている。また、合体後にゴウラムが金属成分を失い、化石状の破片に戻ってしまうことを防ぐため、補給用液体金属を充填したタンクを装備している。アレグロをチューンナップしたエンジン・プレストを搭載しており、クウガが乗ることを前提に設計されているので、常人には耐えられない超高速を引き出せるようになっている。最高速走行からの停止時は、車体後部から小型のパラシュートを展開して急減速する。緊急時には前部カウルからパトライトを展開しサイレンと併用することで、パトカーなどと同様に一般車輌に協力を求め、進路の確保を行う。マトリクス機能も健在で、変身前はブルーライン、変身後はレッドラインと呼ばれるカラーリングを使う。始動キーはトライチェイサーから引き継いだトライアクセラー。
ベースマシンはトライチェイサーと同じGASGASのパンペーラ250。
ビートゴウラム
最高速度570km/h。ビートチェイサーとゴウラムの融合形態。ビートチェイサーがゴウラムとの合体を前提として開発されているため、トライチェイサー以上に合体による性能強化が顕著になっている。また、合体に掛かる時間も短縮されている。弱らせた怪人を安全地帯に運ぶために乗ることが多い。デザインの都合上、方向転換の際にゴウラムが地面に接触するなど、機動性には難があるようである。
ライジングビートゴウラム
最高速度700km/h。ビートゴウラムがライジングフォームの影響で変化した形態。
ライジングフォームの力を加えた「ライジングビートゴウラムアタック」が必殺技で、劇中では雄介が「金のゴウラム合体ビートチェイサーボディアタック」と命名している。この形態になった後、科警研に帰還したゴウラムは気力を出しきったかのように疲弊した状態になってしまった。
ポップ ルーペ チョーカー シスコ ヤマブキ スカル タイタ イタドリ スター リーザー ケプラー プリンス バトントワラ ビーエス ドリー おおばこ 夢の跡 朧月夜 キック セルフタ 金時 モナーキー シクリカル ショック アウフへ ペンター 旅の夜風 マンド サンチュ ナンバ ショタコ ハンド レイン 都の桜 ハマソウ メッセ ノリウツ しゅひょう ニューメ パンチ ゲーマー ムハンマド ニエオ プレー ビキサン タント ヒッポグ タキシ 秋霖 トラスト

グロンギ
人間とほぼ同じ血液構造を持つ人類に極めて近い戦闘種族。だがその性格は残虐かつ闘争本能旺盛。超古代にその邪悪さから、リントの戦士クウガによって封印されていた(リントには殺人の概念がないため、古代では封印による決着をつけるしかなかった)。九郎ヶ岳遺跡発掘に伴い、200体あまりが現代に復活した。警察や世間には、「未確認生命体」として認識されている。普段の外見は普通の人間と変わりない(ただし、体のどこかに怪人体を表す刺青があり、奇抜な格好をしている者も多い)が、腹部にアマダムと同質の物体が埋め込まれており、これによって動植物の力を持った怪人体に変身する。基本的にクウガとグロンギは同じ力に基づいている。クウガの技で死亡する場合、殆どが肉体に打ち込まれた封印エネルギーがこの腹部の核に伝達する事で爆発する。その為、クウガの必殺技を受けても、その箇所を強引に引き剥がして逃走したグロンギもいる。

グロンギには、ン・ダグバ・ゼバを頂点として、ゴ集団・メ集団・ズ集団の階級が存在し、階級ごとに怪人体時に装着しているベルトのバックルや、プロテクターなど装飾品の色が異なる。リント(現代人をリントの末裔と見なす)を標的とする殺人ゲーム「ゲゲル」を進行役のラ集団のもとで行う。後に登場する度に強さが増していき、ゴ集団の終盤の三体はクウガのフォームチェンジに当たる形態変化(ゴ・ジャーザ・ギ俊敏体/剛力体、ゴ・バベル・ダ格闘体/剛力体、ゴ・ガドル・バ格闘体/俊敏体/射撃体/剛力体/電撃体)が出来る。また、上記の他にダグバのベルトの修復など裏方仕事を担当していたヌ・ザジオ・レ(ただし登場したのは人間体のみ)や、本編ではジャーザの台詞で存在が示唆されただけのベ集団(キャラクターショーなどではベ・ジミン・バが登場)もいた。

独自の言語(グロンギ語)と9進数という数え方を持ち、個体差はあるが日本語や自動車・バイクの運転、インターネットなどを短期間でマスターするほどに知能は高い。またゴ集団の中には人類の芸術に興味を示す者もいた。しかし彼らにとって人類はあくまでもゲゲルの標的=リントであり、クウガすらゲゲルの難易度を上げる障害物、またはちょっと強い標的としか見ていない。

彼らの起こす殺人は、九郎ヶ岳遺跡のある長野県を皮切りに福島県から岐阜県まで広い範囲で行われたが、主に人口の多い東京都を中心とした関東地方周辺に集中していた。グロンギが関係すると思われる殺人及び窃盗などの事件は「未確認生命体関連事件」として広域指定事件とされ、警視庁に置かれた合同捜査本部によって捜査される。

グロンギは普通の特撮番組の怪人と違い、毎回1体ずつ登場するということがなく、ストーリーの節目となる回ごとに数名がバルバのもとへ人間体で現れ、自分がゲゲルを行う順番を待っていた。そのため初登場から怪人体になるまで数週掛かった者も多い。怪人体が出現した順に「未確認生命体第○号」という風に呼称されるが、上記のような事情に加え設定のみで本編未登場のグロンギも多いため、本編での登場順とは一致しない。なお、人間体しか目撃されていないが状況から未確認生命体と判断される場合は、「未確認生命体B群」として分類される。クウガも当初はグロンギの同類と見なされていたため未確認生命体第2号(グローイングフォーム)および第4号(マイティフォームほか)とされ、共闘するようになってからもそう呼ばれた。

名称の末尾の語は元の生物の種別を表している。

バ - 昆虫やクモ類などの節足動物
ゼバ - 特別な“バ”(「特別な」または「神聖な」虫)
ダ - 陸生の哺乳類
ギ - 魚類などの水棲生物
レ - 爬虫類、両生類
グ - 鳥類などの有翼生物
デ - 植物もしくは菌類
本編未登場を含めたグロンギの一覧については、仮面ライダーシリーズ第4期登場怪人一覧の『仮面ライダークウガ』の項を参照のこと。

ゲゲル
定められた期間内に定められた人数のリントを殺すことが出来るかどうかを試すというもの。制限時間と人数はラ・バルバ・デによって提示されることも、自己申告で決めることもある。一度にゲゲルを行うのは1名のみで、プレイヤー以外は絶対に人間を殺してはならないとされており(ダグバは除く)、他の者は警官隊に襲われてもルールに従い抵抗もせず逃げてしまう。ゲゲル開始前に殺人を犯したゴオマはゲゲルプレイヤーの権利を最後まで与えられなかった(グムンとメビオもゲゲル開始前に人を殺しているが、ゲゲル開始前にクウガに倒された)。

ゲゲルに成功した者は上位ランクに昇格し、より困難な条件でのゲゲルに挑戦することとなる。メ集団のゲゲルは単にズ集団より殺すべき人数が多いだけだが、ゴ集団のゲゲルは「ゲリザギバス・ゲゲル(セミファイナル・ゲーム)」と呼ばれ、武器を使って特定の条件を満たす相手だけを殺すというものである。ちなみに、メ集団からゴ集団への昇格を賭けたゲゲルもゲリザギバス・ゲゲルに準じたルール(相違点は達成困難と判断した場合メ集団のルールに変更して行ってもよいこと)に則って行われる。ゲリザギバス・ゲゲルに成功すればダグバと一対一で戦う「ザギバス・ゲゲル(ファイナル・ゲーム)」に臨み、そしてダグバを倒せば彼の変身ベルトを受け継ぎ、強大な力を手に入れられることになっている。ちなみに劇中では1例のみだが、カメレオン種怪人「ガルメ・レ」がズ集団からメ集団へ昇格している。

当初はプレイヤー自身が犠牲者の数をカウントするための「グゼパ(腕輪)」を支給されていたが、ゲリザギバス・ゲゲルではラ・ドルド・グが「バグンダダ(カウンター)」と呼ばれる物を持ち歩いて直接記録を採るようになる。

これらの設定は、特撮番組ファンの間で以前より不条理とされていた「敵組織は大勢の怪人を擁しているのに毎回一人ずつ小出しにするのはなぜか」「どうして回りくどい作戦で攻撃してくるのか」という疑問に対する本作スタッフのアンサーといえる。ルールで決まっているから毎回一人のグロンギのみがクウガと戦い、ゲームなので効率にこだわらずに人間を攻撃するのである。

2009年02月08日

メディア・リテラシー

メディア・リテラシー(英: media literacy)とは、情報メディアを主体的に読み解いて、必要な情報を引き出し、その真偽を見抜き、活用する能力のこと。「情報を評価・識別する能力」とも言える。ただし「情報を処理する能力」や「情報を発信する能力」をメディア・リテラシーと呼んでいる場合もある。なお、この項では主に、「情報を評価・識別する能力」という意味のメディア・リテラシーについて記述する。
いしか ネーブル すたーふる リンホ オペミ 人気ツル タルク ガバナンス 二人のロ フォレ ギロチン トンコツ なか ダンス エベント タクティ タシケント バトンタ ポンプ グルーピー ツァイ ティッ フラット オーソ カルソ ラングド テニス ルチンスク プレーバコ とんだばや ピラカンサ パートタイ コネク ディア ミニチュア ラミア ルクソール ドアロック キンモ ビッグベン のあや フロイト リリー ビッグ ケワキ ハープ レンブ ビーエス ノッチ ロック

メディア・リテラシーで取り扱われるメディアには、公的機関やマスメディア(新聞、テレビ、ラジオ等)を始め、映画、音楽、書籍や雑誌等の出版物、インターネット、広告等、様々なものがあり、口コミ(口頭やブログ等)や各種の芸術等も含まれる事がある。

受信者のメディア・リテラシー
情報を受け取る側である受信者は、発信された情報には程度の差こそあれ、何かしらの偏りがある事を理解する必要がある。一方に偏った情報をそのまま鵜呑みにしていたのでは、その物事に関する正しい知識を身に付ける事が難しくなる。また、今日の社会では情報への依存度が非常に大きい。それ故、場合によっては偏った、あるいは間違った情報をそのまま信じてしまった為に、様々な局面で何かしらの不利益を被ってしまう可能性も十分予想される。

その為、受信者の側に立つ人間には、発信された情報を受け取る際、「その情報は信頼できるかどうか」を判断する事はもちろんの事、

その情報にはどのような偏りがあるか
さらに一歩進めて、その情報を発信した側にはどのような意図・目的があるか
(つまり、なぜ、わざわざ、そのような情報を流したのか? なぜ、わざわざ、そのように編集したのか?を考えること。)

等を始め、各種の背景を読み取り、情報の取捨選択を行う能力が求められる。そしてこれが、先の「情報を評価・識別する能力」となる。

現実には、メディアが発する情報はすべて正しいとは限らず、何らかの事情や意図によって、嘘や誇張、間違った情報などが含まれていることがしばしば見られる(大掛かりな例では大本営発表、イラク戦争でのアメリカ政府発表などがある)。メディア利用者はそのことを常に理解する必要がある。そのためにはメディア情報の話者、目的、内容、背景等を的確に読み取る必要がある。また、それらを理解すれば、情報を正しく利用することが可能になる。

発信者のメディア・リテラシー
一つの物事について様々な捉え方がある事、また自分なりの捉え方に基づき情報を発信出来るという事自体は、思想・表現の自由上、望ましい事である。しかし、マスメディアは、発信する情報に私見を加える事を極力避け、偏った内容にならないように最大限、心がける必要がある。 これは極めて多数の人間がマスメディアを利用しており、それだけ社会に及ぼす影響力が大きいからである(当然、公的機関にも同じ事が言える)。逆に言えば、マスメディアが虚偽報道をしたり、ある意図(例えば特定の人物、勢力を有利、あるいは不利な状況に導く等)に基づいた報道を行えば、その影響も大変強いものとなる事を意味する。その為、マスメディアには信頼性・中立性が求められる。マスメディアがしばしば「第四の権力」と呼ばれる理由も、ここにある。

受信者の制約と情報保障
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受け手には様々な制約がある場合もある。例えば文字と言うメディアのみに頼るとすれば文字を認識できないレベルの視覚障害者や重度のディスレクシアであれば文字から情報を得る事は難しい。文字を認識できるとしても文字を読める識字能力と読んだ情報を纏め理解するリテラシーが必要でありその上知的・文化的な好奇心、親近感がないと記憶されにくい、その時々の身体状態にも左右されやすくうつ病を発症した人は本を読む集中力と好奇心がわかない事がある、個人・地域・国・宗教・思想による受け止め方の差異もある。記憶し整理するときに短期記憶障害が影響する事もある。また一般的に言えば意味のある会話や歌詞のある音楽、絶対音感の持ち主であれば音階を意識してしまう音を聞いていると同時に文字を認識する事は難しくなる。

テレビ放送においては地域ごとのテレビ局の系列局の数やローカル番組枠の違いもあり区域外再送信にかかる問題による視聴困難、衛星放送、ケーブルテレビ等の契約状態、番組編制や番組内容に関する情報を手に入れられるかどうかによる差異がある。また規格上地上デジタルテレビジョン放送への切り替えによって対応チューナーを持たない人や新たに難視聴地域に入った人、今まで目で聴くテレビを使っていた人々はそのままではテレビを視聴できず見続けるためには新たな負担が発生する。

この様に、情報の受け手について知らないと情報が上手く伝わらない、情報が全く届かないと言った事態も発生する。情報に対する使いやすさと言ったユーザビリティだけでなく、情報を支障なく利用できるかどうかと言うアクセシビリティを保証するのが情報保障である。

近年の動向
現代では各種メディアが大きく発達したのに合わせ、以前よりも情報の必要性・重要性が増しており、同じく情報のもたらす影響も以前より遥かに大きくなっていると言える。また、情報をテレビのみに依存しがちになる事が増えている他、インターネットの普及により、未成年の段階から大量の情報に触れる機会も多くなっている。その為、早い段階からのリテラシー教育の必要性が指摘されている。

要因別に見た情報の偏りの例
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提案の要約:当記事では要約で済ませてメディア・バイアスに転記してはどうか

以下に、情報の偏りが生じる要因を挙げ、それぞれについて、各種メディアにおける具体例を挙げる。

物理的な制約
情報を伝えようとする場合、どのような性質をもつメディアを使うかによって伝え方や表現の仕方、伝えられる情報に差が生じる。各メディアにはそれぞれ長所と短所が存在する。またその情報容量や時間の制限、編集規定等により情報の取材や編集の過程にも影響を与える。何か一つの物事(物、人物、集団、出来事等)に関する情報を伝える際、その物事の「全て」を伝える事は物理的に不可能であり、この点は情報を伝える媒体を問わない。このような物理的な理由から、情報を伝える際には、その情報を発信する表現者(情報を伝える個人あるいは組織)は情報の取捨選択をしなければならない。つまり情報を伝えるには、表現者が必ず何かしらの編集を行わざるを得ず、そうして伝えられる情報は必ず「実際の物事の姿」とは異なるものとならざるを得ない。

新聞・雑誌の例
新聞や雑誌などでは紙面が足りない場合見出しや記述を小さくしたり取り上げない事もある[1]。継続中の企画や連載に紙面を割く一方で突発的な出来事や重大事故、重要な行事のために紙面を変える事も多い。また、印刷や配達の時間を取らなければならないため予め数パターンの記事を書いておく。原稿落ちや広告の都合で紙面に穴が開いたり余白がでる場合は埋め草としての記事を書くといった事もある。

Webページの例
インターネット上の情報についても掲載者に時間的余裕が無くなったりプロバイダに掲載料金を払えなくなったりした場合更新が停止されたり規模が縮小される事もあり最終的にはページやサイト自体が消えたりする。それ以外のリスクとしてはクラッキングによる改変、記憶装置の劣化により情報が消える、プロバイダーによる削除やプロバイダーの閉鎖もあり得る。またアクセス制御をする方法としては、ロボット型検索エンジンの検索ロボットに回収されたくないファイルが在る場合それを指定する手段として、HTMLファイル内に検索を拒否することを明記したメタタグを記入したり、Webサーバの公開ディレクトリ最上層にロボットの挙動を指定するファイルを配置して行動を制御するという方法がある。しかし、検索ロボットによってはこのような指定を無視するものもある。荒らし行為に対してはアクセス解析を元にした特定サイトからの移動履歴(リファラ)のある利用者、NGワード使用者、に対するアクセス禁止、ページの削除やサイト閉鎖がある。それ以外の要因では、法律の改正による違法化やネットブラウザの管理者によるフィルタリング、行政によるネット検閲等情報への規制によって接触できる情報の構成が変わってくる事もある。

表現者の立場による情報の偏り
一般に、同じ事物に関する情報であっても、その事物に関する見方は情報ごとに(程度の差こそあれども)偏りが生じている。これは、その事物に関する捉え方あるいは評価が表現者(情報を発信する個人あるいは組織)ごとによって異なり、この事が表現者が発信する情報にも影響を与える為である。捉え方の違いを生む要因として重要なものの一つとして、表現者ごとに種々の立場が違っている点が挙げられる。この違いがもたらす情報への偏りの影響は程度の差はあるが、一般に大きなものとなりがちである。なお、この偏りは、あくまでも情報を発信する側の要因によって発生するものである為、情報を発信するメディア(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・書籍・インターネット・口頭・音楽・映画等)を問わず発生する。

球団と新聞社の関係の例
プロ野球リーグにおいて、A球団とそのライバルであるB球団が存在したとする。この場合、A球団のオーナーである企業系列の新聞であるC紙では、自社と関係の深いA球団を日頃から応援・激励する傾向となるが、B球団のオーナーである企業系列の新聞であるD紙は、自社と関係のあるB球団に敵対するA球団をけなしたりこき下ろしたりする傾向となる。更に、「今日のゲームは7対5でA球団が勝利」という一つの情報を報道するにしても、C紙ではA球団の勝利を評価する内容の報道を行い、D紙ではA球団の勝利を悔しがる内容の報道を行う傾向にある。

各種著作物の例
雑誌や書籍等の印刷物、インターネットのサイト・電子掲示板(BBS)・ブログ等においても、特定の人物や企業、国家やその政策方針等の事物に関する執筆をする際、著者の事物に対する感情、著者と事物との間にある関係、更には著者の主義・思想等により、文章・内容が事物に対して肯定的あるいは否定的と分かれる事が多い。例えば、掲示板に、ある人物を批判する書き込みがあったとしても、普段からその人物をよく思っていない人の意見や、その人のせいで不利益を受けている人の意見は、批判側に傾きがちであり、逆に、その人物に好印象を抱いていたり、その存在が自分にとって利益になる場合には擁護する意見となるのが普通である。また、書籍やブログを執筆する際、著者は、自身と似た価値観・主義・思想の人物や政策、あるいは利害関係の一致する人物や自身にメリットのある政策等に対して支持、肯定的な著述を行い、反対に自身と異なる価値観・主義・思想の人物や政策、または自身にとって不都合な人物や政策等に対して反対、否定的な著述を行いがちである。

広告等の故意による例
著述の偏りは、表現者の捉え方の違いから発生するものである為、仮に表現者が情報の中立性を極力保とうと意識していたとしても、無意識の内に発信する情報に影響が現れる事が少なくない。しかしその一方で、表現者が自身の立場に起因する特定の目的(一例として商品の販売促進、特定の主義・思想の敷衍等)を実現する為に、故意に偏った見方の情報を発信するケースも多い(身近なものとしてはCM等、ケースによってはプロパガンダ等が挙げられる)。既存メディアに加え、口コミやインターネットといった個人発信型メディアも発達している現代では、そのようなケースも日常的に見られる様になっている。

無意識の内に偏った情報にしても、故意に偏らせた情報にしても、その情報は受け手に偏った影響を与えやすい。それを少しでも防ぐ為には、メディアから発信される情報が、表現者の立場によって違う見方となることをあらかじめ理解し、情報を受け取る際には、表現者である人物や組織の立場(例えば価値観・主義・思想・信仰・主張・役職・利害関係等)を念頭に置いた上で情報を受け取る必要がある。

なお、表現者の立場による偏りについて、情報を受ける側は十分に注意を払わなければならないが、先に記した通り、各々の表現者が自身の立場・捉え方に基づいた、自由な情報発信・意見交換が行える事自体は望ましい事であり、社会の健全さを表す一つの指標となる。

情報操作
表現者の編集次第では、情報を意図的に改変・誇張して発信する(情報操作)事により受信者(聞き手、読者、視聴者、世論等)の考えを一定の方向に誘導する事が出来る。

表現手法による情報・印象操作の可能性
例えばテレビ・ニュースの一コマにおいて、その構成や編集によって、事実から大きくかけ離れた印象を受ける可能性がある。

まず、「何を撮るか」に取捨選択が働いている
その場面を肯定的に伝えるか、否定的に伝えるかは、編集次第である。
明るいBGMを流し、キャスター、ナレーター、コメンテーターが肯定的なコメントをすれば支持・宣伝に、逆に不安を掻き立てるようなBGMを流し、批判的なコメントをつければ告発に
印象操作の為の表現方法は非常に多種多様であるが、テレビ・ニュースを視聴する際は、キャスターやナレーターの言葉はもちろんの事、同時に流される映像や効果音等に対しても注意して視聴するのが望ましい。なお、新聞や雑誌でも同じく情報・印象操作がある。(新聞であれば、記事の見出しや内容、社説やコラム中のコメントを工夫する。また、同じ出来事の報道でも、A紙では一面に大きな見出しを立てて報じているにも関わらず、B紙では三面の隅のほうに小さなスペースで報じている場合も少なくない)

「語られない情報」の存在
テレビや新聞のニュースで触れられない情報の存在も常に念頭においておく必要がある。特に、広告主(スポンサー)から広告収入を得ているマスメディアでは、自身の広告主を批判することは、極めて難しい。これは、仮に広告主に対して批判的な報道を行えば、その広告主が降板してしまい広告収入が減ってしまう、あるいは広告主から何かしらの圧力を受けるといった事態を招く事は必至だからであり、基本的に営利追求を目的とするマスメディア企業としては、そのような事態を招きたくない為である。その為、自身の広告主への批判を自主規制してしまう事が多い。

米国でも意図的に政権批判を避けることがある。大富豪婦人の謎の死と戦争を比べ、報道の加熱は社会への影響を考えるとどちらがより重大であろうか?[1]

また、2006年4月29日にホワイトハウス記者クラブにてブッシュ大統領をねぎらう晩餐会(これを行ったと言う事実は日本で報道されている)において、スティーブン・コルベアというコメディアンがブッシュ大統領の目前で徹底的にほめ殺し、正面切って政策、そして当時政府の広報機関と化していた各マスメディアの批判をした事はほとんどのメディアが報じなかった。報じたのはCNN(一部のみ)とC-SPANだけである。その後事実隠蔽に対してインターネットで騒ぎになり、ワシントンポスト紙が釈明するという事態になった。接するメディアの数によって知る事実が変わってくると言う一つの例である。

また2006年夏にもトヨタ自動車がリコール隠蔽を行い、幹部3人が書類送検されたにもかかわらず、同様な事件であった三菱自動車問題に比べて明らかにマスコミ内での扱いが小さかったという事例もあった。これもトヨタ自動車がマスコミに日本一の巨額な広告費を払っているために、マスコミが報じることを自粛してしまう一例である。その他、マスメディアが自分たちの企業自身の不祥事・問題について報道することはゼロに等しい。逆に、自社のライバルとなる企業の不祥事に対しては鬼の首を取ったような執拗な報道をするメディア企業もある。

このあたりの背景は、マスメディアが報道自体を控えてしまう為、そのマスメディアしか利用していない人の場合、気付く事が難しいという面がある。しかし、それでも、複数のメディアを利用する(例えば一局だけでなく他の局のテレビ・ニュースも見る、他の新聞社の新聞も読む、書籍やインターネット上の情報も参照する、等)事によりある程度理解する事は可能であるが、その捏造や意図的な隠蔽などを指摘する他メディアを無条件で信用してしまうこともまた、大規模なマスメディアを疑わないのと同程度に危険であることを意識しておく必要がある。また逆に言えば、マスメディアの情報を全て疑ってかかり、嘘であると信じ込むのも、同じく危険と言える。起こった事実は一つしかないし変化のさせようがないが、どういう形でどのくらい伝えるか、誰が知り、誰が伝え、誰に伝わるかによって、知る事実の全体や真実は変わってくる、という事である。

肝要なのはある事象についてなるべく多くのメディアから情報を入手し、マスメディアも営利を目的とする企業であり(これは公共メディアも大きな変化はなく、団体が解散すれば失業者が出る)、利害が存在する事を前提にし、自分自身で時に自己批判をし、時に受諾しながら考えていく事である。ただし、先にも言ったように「事実は一つしかないが、真実は人の数だけある」ということを知っておくべきである。いかに客観的であろうとしても、自分の中で作り上げられた事実のイメージ(または真実と解釈しているもの)はその時点で既に偏っているのである。客観とは「どの程度主観から距離を置けるか」という問題であり、生を全うするために判断行動するという生物の根源的な動きがある限り、本当の意味で客観的な立場をとることは永遠に不可能なのである。

また、広告主を始め、自分が利用しているマスメディアと何かしらの繋がりがある存在(人物、企業、団体、政党、国家等)をあらかじめ知っておく、といった事も役に立つ。

多少特殊な事例として、太平洋戦争中の日本では天気予報が規制された事があった。これはスパイなどに予報を入手され空襲等に利用できる情報として応用されるなどの懸念からである。上記の例に合わせれば、これは日本という国家が当時敵対していたソ連、イギリス、アメリカなどの諜報員を警戒した規制であるといえる。

2009年01月23日

雲(くも)

雲(くも)とは、大気中にかたまって浮かぶ水滴または氷の粒(氷晶)のことを言う。地球に限らず、また高度に限らず、惑星表面の大気中に浮かぶ水滴や氷晶は雲と呼ばれる。雲を作る水滴や氷晶の1つ1つの粒を雲粒と言う。地上が雲に覆われていると、霧となる。

雨や雪などの降水現象の発生源となる現象であり、気象学の中には「雲学」という分野も存在する。

空気中の水蒸気が凝縮(凝結とも言う)されて液体(水)になるか、凝固されて固体(氷)になることで雲が作られる。主な雲の発生の種類3つを挙げる。

断熱膨張(加熱→冷却) : 太陽放射などで空気が暖められると断熱膨張を起こして上昇し、次第に温度が下がる。空気の温度が露点温度を下回って過飽和となると、雲粒が発生して雲が形成される。
前線面で暖気が寒気の上を上昇するパターン、山に沿って空気が上昇するパターン、太陽放射により地表が温められて対流が発生するパターン、暖気が冷たい海面などに接触するパターンなどがある。
寒気と暖気の衝突(冷却) : 温度の異なる2つの空気の塊(気団)が衝突すると、暖かいほうの空気は冷やされて温度が下がる。露点温度を下回って過飽和となると、雲粒が発生して雲が形成される。
蒸発による過飽和 : 温度が変化しない場合でも、蒸発によって湿度が上がり、露点温度が上昇する。露点温度が気温より低くなると過飽和となり、雲粒が発生して雲が形成される。
雲を作る雲粒は、空気中に浮かぶ塵やほこりなどの浮遊粉塵(エアロゾル)を凝結核もしくは凝固核としてつくられる。そのため、エアロゾルが多いと水蒸気が凝結(固)しやすくなり雲は発生しやすくなる。また逆に、エアロゾルが少ないと過飽和となっても水蒸気が凝結(固)しにくいため、雲もできにくくなる。

雲粒同士が衝突したり、雲粒にさらに水蒸気がくっついて凝結(固)していくなどして雲粒は成長し、直径が大きくなる。雲粒に働く重力や下降気流による力と、雲を支える上昇気流による力がつりあうことで雲は大気中に浮かぶ。重力や下降気流の力が大きくなってバランスが崩れると、雲粒は雨粒や雪の結晶として落下することとなる。あまり大きくない雲粒の場合は、上昇や落下を繰り返すうち、雨粒や雪の結晶同士が衝突してさらに大きな粒となって、やがて落下する。

空中に浮かぶ雲粒の大きさは、平均で10μm(0.01mm)である。一方、雨粒の大きさは1000μm(1mm)を超える。雲粒は前述のような過程を経て雨粒となり地上に落下する。この成長の計算はメイスンの方程式などにまとめられている。

形成される雲の形は、空気の対流構造や、温度差のある空気の衝突面の形によって左右される。強い上下対流がある場合は積雲や積乱雲が形成されることが多く、大気が安定している場合は水平方向に層雲や高層雲などが均一に広がることが多い。また、山などの地形の影響を受けた場合は、レンズ雲や波状雲などの特徴的な雲ができる。

気象学的な成因
気象学的な観点から雲の発生・成長・消滅を説明する。雲の成因はいくつかに分けられる。
ターラン ジープ 指相撲 ギスタン ピアサ ネンタケ リーズ ろくめい レヤイ モルタ つちいろ ダム最適 スモークン シンク ランス スキャッ テヘラ プロケド キックバ バングル シングル ジェルボア ロフト カッサバ ネーズ ロース あわゆ マイド スローキ くわがた ナノマ ミネラル イミテー 桃一郎 ノット マップマット すくね ロール ウォッチ オードュ イズム スタン トレー ドラッスト トラフ ハインド シナサ ジット 邪馬台国 エッフェル

地形の影響や気団の衝突などにより、空気塊(気塊、air parcel)が強制的に上昇させられて起こるもの。
風が山などを越えるとき、強制的に空気塊が上昇させられると、膨張・冷却が起こってやがて雲ができる。前線の場合は、温暖前線では寒気の上に暖気が乗り上げて上昇、寒冷前線では暖気の下に寒気が入り込んで暖気が上昇、停滞前線や閉塞前線では温暖・寒冷の2パターンが同時に起こり、山と同じように雲ができる。
山の場合は山頂を越えて下降し始めると空気塊が圧縮・加熱されて、雲が蒸発して消える。また、乾燥空気のほうが湿潤空気よりも気温減率が大きいため、下降する空気は上昇時よりも速いペースで温度が上がり、雲が消える高度はできた高度よりも高くなる。また、高い山や前線の場合、空気塊がずっと上昇していくと、雲のもととなる空気中の水蒸気量(≒混合比)が低下して、高度が高くなるにつれ、上昇してもできる雲は薄くなりやがてできなくなる。
周囲よりも相対的に軽い空気が浮力によって上昇して起こるもの。
夏の昼間のように、地面付近の気温の上昇幅が大きい場合には、温まった空気の浮力が増して雲ができやすくなる。普通は浮力を抑える力が働くが、大気の成層状態が不安定(成層不安定)であると起こりうる。特に、積乱雲の成長時に空気塊が自由対流高度(LFC)を超えると、浮力のみで空気が上昇して積乱雲が発達する。
大気の振動によって起こるもの。
大気中にはさまざまな要因で発生する大気波というものがある。このうち、波長が数百m以下と短いものは直接的に大気に働きかけ、空気を上下に動かして、上昇の際に雲を発生させることがある。波長が数十km以上のものは、次項で述べる収束を発生させることがある。
収束に伴って発生した上昇気流によるもの。
周囲より気圧が低い低気圧に向かって空気が集まり、上昇気流となって雲を発生させる。上昇気流自体は観測できないほど遅い速度であるが、他のものに比べて上昇気流のスケールが桁違いに大きいため、広範囲で雲を発生させる。低気圧の発生原因は、大規模な成層不安定、波長の長い大気波など。低気圧以外には、収束線(シアーライン)などがあり、これも原理は同じ。赤道付近で年中雲が発達しやすいのは、熱帯集束帯の影響で年中低圧だからである。
空気塊の上昇を伴わない冷却によるもの。
空気の流れが無く安定していて、ある程度湿った空気が放射冷却などで冷やされると、地表付近に雲ができる。晴れて寒い日の早朝に発生する霧が典型的な例。
加湿によるもの。
同じ温度の空気でも、湿度が(≒混合比)が上昇すると、露点温度が上がり、雲ができやすくなる。これは加湿単独ではなく、1?5のような気流の移動とセットになって初めて雲ができる。前線の周辺に台風や低気圧が接近すると雨が強まるのは、雲のできやすくなっている部分に前線から湿った空気が供給され、雲ができやすくなり発達するためである。湿暖気流(湿舌)が梅雨前線に接近したときも同様。

2009年01月16日

優れた軍才を持ちながら非業


ミング カメリア ハード ナーナ バスロフ バイザー シースルー ピンポン アール キンメイ おもいで モスク バゲージ きらめき ワシン ステージ ドンキ バージョ トンガ スノイズ 春が来た ガスマ オープン チルド シクラメ オーバ ケール バタリアン オカル イシュー トップ スタイ スロバキア ミドルエ ミニマム マキドイ フェイ 王様の楽園 ミラー フーズフー 時の風 リーバイ ゴユリ レイキャ ブラン フリップ ショット ホイール ガーデ アルフ
優れた軍才を持ちながら非業の死に終わった義経の生涯は、人々の同情を呼び、このような心情を指して判官贔屓(ほうがんびいき[15])というようになった。また、義経の生涯は英雄視されて語られるようになり、次第に架空の物語や伝説が次々と付加され、史実とは大きくかけ離れた義経像が形成された。

義経伝説の中でも特に有名な武蔵坊弁慶との五条の大橋での出会い、陰陽師鬼一法眼の娘と通じて伝家の兵書『六韜』『三略』を盗み出して学んだ話、衣川の戦いでの弁慶の立ち往生伝説などは、死後200年後の室町時代初期の頃に成立したといわれる『義経記』を通じて世上に広まった物語である。特に『六韜』のうち「虎巻」を学んだことが後の治承・寿永の乱での勝利に繋がったと言われ、ここから成功のための必読書を「虎の巻」と呼ぶようになった。

また後代には、様々な文物が由緒の古さを飾るために義経の名を借りるようになった。例えば、義経や彼の武術の師匠とされる鬼一法眼から伝わったとされる武術流派が存在する。

不死伝説
後世の人々の判官贔屓の心情は、義経は衣川で死んでおらず、奥州からさらに北に逃げたのだという不死伝説を生み出した。このような伝説、あるいは伝説に基づいて史実の義経は北方に逃れたとする主張を、源義経北行説と呼んでいる。この伝説に基づいて、寛政11年(1799年)、蝦夷の日高ピラトリ(現 北海道平取町)に義経神社が創建された。

義経北行伝説の原型となった話は、室町時代の御伽草子に見られる「御曹子島渡」説話であると考えられている。これは、頼朝挙兵以前の青年時代の義経が、当時「渡島」と呼ばれていた北海道に渡ってさまざまな怪異を体験するという物語である。このような説話が、のちに語り手たちの蝦夷地(北海道)のアイヌに対する知識が深まるにつれて、衣川で難を逃れた義経が蝦夷地に渡ってアイヌの王となった、という伝説に転化したと考えられる。

義経=ジンギスカン説

この北行伝説の延長として幕末以降の近代に登場したのが、義経が蝦夷地から海を越えて大陸へ渡り、成吉思汗(ジンギスカン)になったとする「義経=ジンギスカン説」である。

この伝説の萌芽もやはり日本人の目が北方に向き始めた江戸時代にある。清の乾隆帝の御文の中に「朕の先祖の姓は源、名は義経という。その祖は清和から出たので国号を清としたのだ」と書いてあった、という噂が流布したり、12世紀に栄えた金の将軍に源義経というものがいたと記した偽書『金史別本』(偽作者は日本人)が珍本として喜ばれたりした。

このように江戸時代に既に存在した義経が大陸渡航し女真人(満州人)になったという風説から、明治時代になると義経がチンギス・ハーンになったという説が唱えられるようになった。明治に入り、これを記したシーボルトの著書『日本』を留学先のロンドンで読んだ末松謙澄は、当時中国の属国としか見られていなかった日本の自己主張のために、ケンブリッジ大学の卒業論文で「大征服者成吉思汗は日本の英雄源義経と同一人物なり」という論文を書き、『義経再興記』(明治史学会雑誌)として日本で和訳出版されブームとなる。

大正に入り、アメリカに学び牧師となっていた小谷部全一郎は、北海道に移住してアイヌ問題に取り組んでいたが、アイヌの人々が信仰するオキクルミが義経であるという話を聞き、義経北行伝説の真相を明かすために大陸に渡って満州・モンゴルを旅行した。彼はこの調査で義経がチンギス・ハーンであったことを確信し、大正13年(1924年)に著書『成吉思汗ハ源義經也』を出版した。この本は判官贔屓の民衆の心を掴んで大ベストセラーとなる。現代の日本で義経=ジンギスカン説が知られているのは、この本がベストセラーになった事によるものである。

こうしたジンギスカン説は明治の学界から入夷伝説を含めて徹底的に否定され、アカデミズムの世界でまともに取り上げられる事はなかったが、学説を越えた伝説として根強く残り、同書は昭和初期を通じて増刷が重ねられ、また増補が出版された。この本が受け入れられた背景として、日本人の判官贔屓の心情だけではなく、かつての入夷伝説の形成が江戸期における蝦夷地への関心と表裏であったように、領土拡大、大陸進出に突き進んでいた当時の日本社会の風潮があった。

しかし、現在では後年の研究の結果、チンギス・ハーンのおおよその生年も父親の名前もはっきりと判っていることから、源義経=チンギス・ハーン説は科学的には完全に否定されている。